
コッペパン、脱脂粉乳、カレーシチュー…これが定番だった。昭和30年代(1950 年代)の学校給食である。コッペパンはぱさぱさしていて食べづらい。脱脂粉乳は牛乳を水で薄めたような味だった、シチューはカレー風味だけの野菜スープ。それでも子どもたちは完食した。それと肝油ドロップ1個。肝油とは、サメやタラ、エイなどの肝臓に含まれる液体や抽出した脂肪分のことをいう。骨歯の発育不良、夜盲症(とり目)、くる病の予防のために学校給食で出された。肝油は甘い味がした。噛むとぐにゃとなり、ドロップというより食べる栄養剤と思っていた。
平成の時代になって学校給食は人気メニューを増やした。カレー、揚げパン、うどん、中華麺、手巻き寿司、コーヒー牛乳などあの手この手である。フルーツ、アイスクリーム、プリン、ケーキなど果物やデザートまで登場した。人気メニューの日は休み時間から話題になり、余りものを奪い合う光景が多々見られた。
メニューが増え、味も栄養も大いに改善された学校給食だが、問題点も表面化した。
ひとつは完食指導。子どもの体格、運動量、体調、嗜好など配慮されず、中学生は一律に850キロカロリーの食事を採ることが求められる。当番が盛り付けた給食を全員が残さずにすべて食べること。これが給食指導の目的となった。クラスごとに残量調査結果が公表されたりすると、行き過ぎた指導が起きた。完食強要が原因で不登校になった事例も報告された。
もう一つはおしゃべり禁止ルール。「いただきます」から一定時間はおしゃべり禁止。食べることに集中させる。子どもたちは黙々と食べる。禁止時間が終わると堰を切ったように会話が飛び交う。実際に体験すると何か違和感を持つ。限られた時間内に給食を終わらせなければならないことはわかる。「ごちそうさま」が遅れると、校内のかたづけ業務に迷惑がかかり、休み時間も短くなる。担任は子どもたちより早く食べ終わって、後片付けの準備をして、子どもたちに「あと3分、急げ!」などと急かす。まるで早食いの訓練をしているようだ。
三つめはもったいない精神の欠如。子どもたちに好き嫌いが増えた。皮をむくもの、骨のある魚など面倒くさいから食べない。食べ物を投げ合って遊ぶ。ひもじい思いをしたことがなく、食べ物を大切にする心が育っていない。飽食の時代の弊害か。
学校給食は1952年ころから全国的に始まった。昼飯を持参できない子どもたちをなくし、すべての子どもたちの健康を守る重要な役割を担った。学校給食が始まる前はもちろん弁当持参であった。しかし誰もが弁当を持ってこられる時代ではなかった。弁当が持参できない子どもは昼の時間になると教室を抜けた。弁当の中身もさまざまで、手で弁当を覆い隠して食べる子どもたちもいた。昼食の時間は貧富の差が歴然とする時間であった。日本社会の不平等さを子どもたちに見せつけたのだ。教室を抜け出し、腹を空かせて外で待っている子どもたちを教員はどんな思いで見ていたのだろうか。

充実してきた学校給食に近年、廃止の意見が出始めている。発端は1992年のこと。埼玉県北葛飾郡庄和町 (現、春日部市)の町長が学校給食廃止の方針を突如発表。「戦前の(給食の)役割は終わった。給食にかかる経費を教育投資に回す」と主張した。しかし保護者の猛反対と町長の急死に伴い、給食廃止案は立ち消えとなった。給食廃止の趣旨は理解できるが、共働き家庭にとって正直、毎日の弁当作りは負担である。一食200円程度の学校給食は経済的にも子どもの健康のためにも世界に類を見ない制度であったのである。
現行の学校給食には前述の問題点のほか、アレルギー対応、給食費未納、食中毒や異物混入、私立学校との不公平感などの問題が山積している。これらを解消するために、学校給食を廃止して、学校に食堂を設置、弁当持参と併用すべきだという意見である。メルボルンの学校のキャンティーンとランチ持参と似通ったスタイルである。
いつだったか想像したことがある。私の教室のロッカーの上に花がいっぱい咲いている。色とりどりの花で教室が明るく輝いている。白いカーテンがそよ風に揺れる。机を寄せ集めたテーブルに真っ白いクロスがかけられ、中央に深紅のバラの花が一輪飾られている。椅子に掛けると、バラの香りが漂う。自然と深呼吸をする。テーブルの上に食器が並べられ、焼き立てのパンとスープが盛り付けられる。プラスチックのお椀と給食皿ではない。先割れスプーンも使わない。
このような学校給食は将来もないであろうが、食は文化であることを忘れてはならない。食文化は人間性を豊かにする。食の環境は美しく、清潔でなければならぬ。そこに工夫された豊かな食事が供される。食事は軽やかなおしゃべりと笑顔に包まれた時間であるべきだと思う。

先日の幼稚園の運動会。カラフルな惣菜をきれいに盛り付けた弁当があちこちに見られたことだろう。「わー!おいしそう」という子どもたちの歓声が聞こえるようだ。弁当を取り囲んで家族や友達が楽しいひと時を過ごす。子どもたちの笑顔とおしゃべりがむしろ心地よい。
毎週土曜日、朝早く起きて子どもの弁当作りに気合を入れる本校の親たち。弁当作りはちょっとした苦労ではあるが、それがどれほど子どもたちの心を豊かにするかを知ってほしい。
たかが弁当、されど弁当、である。卒業式にはきまって「弁当をありがとう」という感謝の言葉が出る。弁当は子どもを幸せな気分にし、親子の絆を深めるものなのだ。
- 藤家 管幸
- メルボルン補習校名誉校長
日本で32年の教職経験を経て、2005年4月からメルボルン国際日本語学校校長を勤める。 2009年12月同校退職。2011年4月メルボルン補習校校長に就任。2016年メルボルン補習校名誉校長に就任。





