
不思議なことに、私は、小中高校時代の校歌を半世紀以上もたった今でも覚えている。一番の歌詞はメロディーに乗せて歌うことができる。在学中にそれほど歌い込んだ記憶はないが、儀式や行事のたびに何度も歌ったために定着したのだろう。校歌は故郷の自然や友人・先生との絆を歌詞にすり込んでおり、リズムやメロディーがおおむね単純なことから、記憶に残りやすいと考えられる。保護者もご自分の小中高時代の校歌をけっこう覚えておられるのではないか。
海外子女教育振興財団の雑誌JOES Magazineに本校の校歌が掲載された。作詞作曲は2017年の秋のこと。その時の思い出を少しつづってみたい。
校長を辞めてから校歌を自分で作れないものかと考え始めた。しかし、私は作曲・作詞の知識を持ってない。当然、作った経験もない。ピアノも弾けないし、譜面の知識もいい加減である。ド素人がどうやって作るのだ。歌詞が先か、曲が先か?歌詞に曲をつけるなんて難しそう。曲に合わせて歌詞を考えることにしよう。誰かに依頼されたわけでもない。やってみて、だめなら、なかったことにすればよい。そんなつもりで曲作りにとりかかった。
犬の散歩がてら、田んぼ道を歩きながら、メロディーを口ずさんでみた。これがさっぱり定まらない。いま口ずさんだメロディーをすぐに忘れる。そこで、小中高で歌った校歌を繰り返して口笛で吹いてみた。田んぼ道では口笛を吹いても気にならない。しかも校歌はたいていマーチにもなるから歩くテンポに合っている。マーチのリズムを想定し、歌詞の最後のフレーズを「ああJSCメルボルン補習校」という言葉で締めくくることにした。まずその部分のメロディーを考えた。すると、ぴったりするようなメロディーができた。そこだけ忘れないように何度も繰り返し、頭に入れた。最後のフレーズのメロディーが定まると、歌いだしのメロディーが自然と出てきた。あとはいろいろと試しながら、フレーズをつないでいき、山の部分をつくる。そして「ああJSC‥‥」につないで終わる。まず歌の終わりを決めて、それから歌い出し、山の部分へとメロディーをつないだ。作曲の専門家が見たら、笑ってしまうようなやり方かもしれぬ。この方法でメロディーが出来上がった。すぐに譜面にできない私が、もっとも苦労したのはそのメロディーを忘れないように記憶していることだった。
メロディーに合わせて歌詞を作るのは意外と簡単にできた。メルボルンは緑が多い。だからグリーンシティと呼ばれる。近郊のダンデノン山から見ると市街地はまるで緑の森の中にあるかのようだ。海は碧く、空が大きい。雨上がりの公園はユーカリの香りが漂う。歌詞の一番はそんなメルボルンをイメージした。
そして、補習校に学ぶ子どもたちの努力を讃えたいと思った。二言語を習得する苦労を乗り越えた先にはすばらしい未来がある。補習校で学んだことを決して後悔することはないだろう。そのことを信じて日々頑張ってほしい、そんな思いを歌詞の二番に込めた。
本校の生徒の大部分は日本国籍を持ち、日本にルーツを持っている。日本語の習得はそのルーツを学ぶためであり、日本に居住する祖父母とコミュニケーションを図るためでもある。補習校で学び続ければ、日本語で意思を疎通することに喜びを感じ、日本語学習のモチベーションを高め、読み書きの高いレベルを目指せる。それを願って歌詞の三番を作った。

曲ができ、歌詞ができると、実際に音にして歌ってみる必要に迫られた。この時ばかりはピアノができればよいのに、と思った。仕方なくギターのコードで歌ってみた。それからフリーの作曲ソフトをダウンロードして五線譜に音符をのせた。音符の長さに悪戦苦闘。コンピューターに自動演奏させるとおおむねイメージ通りの曲が流れた。フリーソフトの楽器の音はやや不自然であるが大いに感激した。最後に歌いやすいように、意味が分かりやすいように歌詞を推敲した。
その譜面を元音楽教師である知人に見てもらった。そして伴奏と編曲を依頼した。彼は、校歌のキーの高さを変ホ長調とし、テンポを110とした。曲想をイメージして強弱や速度記号をつけて、前奏を含めたピアノ伴奏を作曲してくれた。「ああJSCメルボルン補習校」の部分は勇壮な感じを表現する伴奏となった。彼がグランドピアノで演奏してくれた校歌はまるで別物だった。編曲や演奏する楽器によって曲想がこんなに変わるものかと驚いた。
2017年12月の卒業式が校歌の初披露となった。いっしょに渡豪した知人がエレクトーンで伴奏し、小学5・6年生が歌った。荒っぽい歌声だが、初めてにしてはよく歌えていた。
それから数年間、卒業式のビデオを編集しながら、生徒たちの校歌斉唱を何度も聞いた。手直ししたい部分が出てきた。例えば、「ああJSCメルボルンほしゅうこう 」の最後の音が高すぎて、声がかすれてしまう。1番と2番はオクターブ下げたら歌いやすいだろう。
先生や保護者には音楽の専門家もおられると思う。誰もが歌いやすいように、メロディーやリズム、歌詞を変えていってよい、いや、変えていくべきだと考えている。ド素人の作詞作曲者としてそれを切に望んでいる。
- 藤家 管幸
- メルボルン補習校名誉校長
日本で32年の教職経験を経て、2005年4月からメルボルン国際日本語学校校長を勤める。 2009年12月同校退職。2011年4月メルボルン補習校校長に就任。2016年メルボルン補習校名誉校長に就任。





