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The Japanese Saturday College of Melbourne メルボルン補習校

ブログ 特集 「奥の細道」-夢に生きた芭蕉

330年前、日光から奥州、出羽、越後、北陸を旅した俳人がいた。日常とは違う世界から俳句の題材を得ることができる旅は創作意欲を大いに刺激した。敬愛する遠い昔の偉人、源義経とその家来である佐藤兄弟、西行法師らのゆかりの地を訪ね歩くことや和歌の枕詞(まくらことば)の地を見たり、各地に住む俳句仲間と再会したりすること、加えて風光明媚な松島、象潟などを見ることは彼の積年の夢であった。

その人は江戸時代の俳人、松尾芭蕉(1644-1694 没年齢51歳)である。芭蕉は1689年、46歳のとき東京深川(江戸)から岐阜県大垣市まで約1,800㎞を150日かけて旅をした。その旅を散文と俳句でまとめたのが「奥の細道」である。当時は江戸時代の初期のころ、街道としてまだ整備されていない細い道が多かった。とくに石ころや泥の坂道は危ない。雨の日は天候の回復を待って逗留することもあった。貧弱な装備で長期間旅をするのは無謀なことで誰もやろうとしなかった。初老の芭蕉には命の危険さえ伴う旅だった。相当の覚悟をもって出発したのは、かねてからの夢を実現するためであったからだ。旅は芭蕉の生きがいとなっていた。

先月、「奥の細道」の前半を駆け足で巡ってきた。栃木から福島、宮城、岩手、山形、秋田県まで芭蕉ゆかりの地を回るのに車で5日間を要した。訪れた場所は神社仏閣が圧倒的に多い。そこが歌枕の地であったり、西行や義経伝説の地であったりするからだ。印象に残ったのは福島の医王寺、ここは義経を守って戦死した佐藤兄弟の菩提寺である。訪れる人もなく、ひっそりとした境内の奥に一族の墓所があった。苔むした墓石は数百年という歴史を感じさせた。もうひとつ、山形の羽黒山五重塔である。風雨にさらされたまま650年を経て、今にも朽ち果てそうだ。後世に残すため中尊寺金色堂のような覆い堂を作るべきだと思うが、おかげで芭蕉と同じ景色を見ることができたのは感動だった。自然の風景では日光、那須、松島、最上川、象潟である。芭蕉が切望した景勝地は宮城の松島と秋田の象潟であった。しかし象潟は江戸時代の大地震で水面が隆起し、今は田畑の中に島々が点在する風景になっている。

巡ってみて驚いたのは芭蕉の健脚のこと。わらじで悪路を1日40㎞も歩くことなど考えられない。念願の松島で芭蕉は俳句を一遍も作っていないことも不思議だった。

現代日本の俳人312人が選んだ芭蕉の俳句のベスト3はすべて「奥の細道」で作られた俳句で、小学校教科書にも出てくるものだ。

「荒海や・・・」はそのスケールの大きさ、雄大な景色、ダイナミックな句として評価が高い。「閑けさや・・・」は山寺(立石寺)の幽玄な世界を感じさせる秀作だ。「夏草や・・・」は芭蕉の英知を結集したような句で、藤原三代や義経主従の末路に思いをはせながら、芭蕉は感涙したに違いない。これらの俳句は推敲に推敲を重ねて創作され、芭蕉渾身の力が注がれた名句である。

「奥の細道」の後も芭蕉の旅は続いた。大阪で病に倒れたとき、死期を悟ったようである。死の床で作った俳句は芭蕉らしい。

「枯野」は荒涼とした風景を想起させ、死後の世界をも旅を続けたいと夢見ているようである。

ラグビーワールドカップが日本中を沸かせている。アイルランド戦の前日、日本チームのジョセフヘッドコーチが5行の英語俳句を選手らに読み上げたという。その英語俳句の日本語訳である。

※ 本記事は2019年10月4日に発行された学校ニュースを元にしています。

この英語俳句は選手を大いに奮い立たせた。いろんなことを思い出し、「よし、明日はやってやろう」と決意を胸に秘めた。翌日、誰も勝つと思っていない試合に勝利した。朝日新聞は「日本 優勝候補を破る」という見出しを一面トップに載せた。ジョセフヘッドコーチは夢のような勝利のあとにも控えめな思いを語った。

「喜ぶのは少しだけにしよう。決勝トーナメントに入る夢に向かわなければならぬ。」

この試合を観戦した少年が感動して、試合後に夢を語った。「僕はラグビー選手になる!」と。

夢は、必ず実現できるとは限らない。しかし、夢は、持たなければ実現することはない。夢に生きることは事を成就する原動力になる。

芭蕉が古典文学史上、珠玉の作品「奥の細道」を後世に残せたのは夢に生き続けたからであったと言えようか。

藤家 管幸 メルボルン補習校名誉校長
藤家 管幸
メルボルン補習校名誉校長

日本で32年の教職経験を経て、2005年4月からメルボルン国際日本語学校校長を勤める。 2009年12月同校退職。2011年4月メルボルン補習校校長に就任。2016年メルボルン補習校名誉校長に就任。

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