
気がつけば、日本を離れてもう20年が経ちました。年に一度の帰国では、懐かしさとともに、少しずつ「新しい日本」を発見する自分に気づかされます。電車のICカードが変わり、買い物のレジが自動化され――正直なところ、「もう自分は追いついていないな」と感じることが増えました。もはや“日本の今”をよく知らない自分に気づき、日本人でありながら、“観光客”になっている自分に気づきました。
生徒と学ぶ“今の日本”
VCE日本語科目の口頭試験には、「ディスカッション」という課題があります。その中で生徒たちは「今の日本」について調べ、自分の意見を持ち、議論を深めていきます。テーマは伝統文化、環境問題、災害対策、少子化や高齢化、インバウンド観光が与える影響など、現在進行形の話題から長年の社会問題まで多岐にわたります。急速に変わる日本の社会背景を、海外に暮らす私が伝えるのは、決して容易ではありません。日本を離れている期間が長くなるにつれ、私は「日本を教える人」から「日本について共に学ぶ人」へと変わっていきました。
できるだけ最新のニュースを把握し、わからないことは一緒に調べます。日本へ行ったときの体験や新たな発見、そして自分の“場違いな行動”を生徒たちに話すと、とても興味を持って聞いてくれます。逆に、私が知らないことがあると、生徒たちが詳しく教えてくれることもあります。
このように、日本を共に学ぼうとする姿勢こそが、生徒たちの日本への興味や、より深い学びにつながっていると感じています。
細く、長く、つながっていく日本
海外生活の中で日本を感じる機会が少ない中でも、毎週土曜日の補習校では、日本にルーツを持つ友だちと共に学び、“細く、長く”日本とつながり続けることができます。11年以上も補習校に通い続けたVCEコースの生徒たちの姿から、それがどれほど尊く、力強いことなのかを改めて感じています。
“日本”を子どもたちと共に学びながら、日本とのつながりが絶えないよう、温かく見守り、応援していきたいと思います。
変化する「日本語」と向き合う学び
時代とともに変化しているのは、「今の日本」だけではありません。私たちが日々使っている「日本語」もまた、常に変化を続けています。特に日常会話では、流行語やカジュアルな言い回しが多く使われており、日本のバラエティー番組やトーク番組などで耳にする日本語が、必ずしも「正しい日本語」であるとは限りません。そのため、生徒たちが家庭や友人との会話で慣れ親しんでいる日本語と、VCE日本語で求められるフォーマルな日本語との間にギャップが生まれ、学習の中でひとつの壁となることがあります。

たとえば、「あんまり」を「あんま」、「やっぱり」を「やっぱ」と省略したり、どんな動作も「やる」でまとめてしまったり、「〜しちゃって、」といったカジュアルな言い回しを、無意識のうちに使ってしまうことがあります。
「去年よりも今年のほうが“まし”ですが……」
え?「まし」って、フォーマルな表現として適切なの?
「私の兄はプラモデル作りに“はまっていて”……」
え?「はまっている」って、公式な文章でも使える?
そんな気づきが、生徒たちの中で少しずつ芽生えていきます。「この表現って正しいのかな?」「フォーマルに言うには、どう言えばいいんだろう?」
そうやって、生徒たちは日常的に使っている日本語を見直し、「正しい日本語」と向き合いながら、言葉の奥深さを学んでいきます。そんなときも、ただ一方的に「正しい言葉」を教えるのではなく、生徒たちと一緒に考え、気づき、学ぶことを大切にしています。
言葉の背景や使い方の違いに目を向けることで、日本語の深さや面白さに触れてもらいたいと願っています。
「教える」から「共に学ぶ」へ
日本を離れて長くなった今も、私は生徒たちと共に、“今の日本”や“日本語のあり方”について学び続けています。教える立場であっても、知らないことはたくさんあります。だからこそ、生徒と共に悩み、発見し、成長できるこの仕事に、深いやりがいを感じています。
「教える」から「共に学ぶ」へ――。
これからも、その思いを胸に、生徒たちと真摯に向き合っていきたいと思います。
- 持永 真帆
- メルボルン補習校 教頭
日本で小学校教員として勤務した後、2004年、留学のためメルボルンへ渡る。現地で教員免許を取得し、現地校にて日本語を指導。その後、2012年よりメルボルン補習校に勤務。出産を機に現地校・補習校での勤務を一時離れるが、2019年のVCEコース開講に伴い補習校に復帰。現在は教頭として学校運営に携わるとともに、VCEコースの指導も担当している。





